WEB ROCKS vol.2にみる、Ustreamの可能性と限界

June 28th, 2011

Ustream上の夏フェス、WEB ROCKS vol.2観ましたよ。
テレビを見るのとも違う、ライブに行くのとも違う体験。
なんだこれは?

観客はPCとか携帯に向かって
演者はカメラとマイクに向かって
それぞれが、1つの時間、1つのステージを作り上げてる。
観客と演者が一体になる感じ。
それはライブだ。

お互い向かってるのが機械でも、
熱気が感じられる。
感情の揺れが感じられる。
温もりのようなものがある。
電気信号を介していても、
その先には人がいるから。


でも、本当に?


「みんなそこにいるの?
 わからないから、寂しい」
viridianのボーカルが言ってた。

演者から見た観客が、どのように映っているのかは想像するしかないけど、
少なくとも観客から見た演者ほど鮮明に見えたり、聞こえたりはしていないはず。

アイコンと文字の羅列。
あとは「視聴者数」の数字。


そんなんで伝わるかーーーーっ!!

文字に感情をのせる。
それが人間にできたら、文学はきっと存在しない。


「ライブに来て」
全バンド(!)が訴えていた。

「Ustには最大7秒のタイムラグがある。
 俺はそのズレを埋めたい」
THEラブ人間のボーカルが言ってた。


地球半周の距離は20,000km、音速は時速1,200km、
音が地球の裏側まで届くのには16時間かかる。
地球の裏側のライブをたった7秒で
聞けるようにできたのは、文明の力。

でも、もっと技術が進んで、
もっとタイムラグを縮められても、
生(なま)に勝るものは、ない。
そう、コンドームと同じように。(←突然の下ネタ)


Ustとコンドームの発達によって我々は、
より相手へと近づくことができるようになりました。

しかし、それは同時に、
生への憧れをより大きくするものでした。
少なくとも、僕にとっては。

だから行こうぜ、夏フェス!



WEB ROCKS vol.2出演者(出番順)

  1. 松室政哉
  2. pechica
  3. 空中ループ w/波多野敦子→バイオリン、ゆり(里帰り)→キーボードとコーラス
  4. nothingman
  5. viridian
  6. チーナ
  7. 里帰り
  8. PLINGMIN
  9. THEラブ人間

おっぱい星考

July 11th, 2010

地球には約5000万人のおっぱい星人が棲んでいると言われています。
おっぱい星がどこにあるのか?
どのくらい大きな星なのか?
それには諸説あるでしょうが、おっぱい星という呼称から察するにその星は、豊かなおっぱいがいっぱいの、幸福な星であるように思えます。
それではなぜ、こんなにも沢山のおっぱい星人たちは地球に降り立ったのでしょうか?

仮説として、以下のものが挙げられると思います。
1. 地球にいるおっぱい星人はおっぱい星を追放された咎人
2. おっぱい星には実はおっぱいがない


1の仮説から考えてみましょう。
おっぱい星で何らかの重い罪を犯した者が流刑地としての地球に隋とされたのではないか。
おっぱい星人=犯罪者仮説です。

しかし地球にも、一部ですが豊かなおっぱいが存在することは事実。
そんな地球でさえ流刑地となってしまうということは、おっぱい星のおっぱいは地球のおっぱいを遥かに凌駕した素晴らしいおっぱいに違いありません。
地球人が一見してもそれがおっぱいであると認識すらできないような、超越したおっぱい。。
想像が膨らみます。まるで2つのおっぱいのように。

もはや、おっぱい星のおっぱいは地球で呼ぶところのおっぱいではないのかも知れません。
地球のおっぱいは、おっぱい星に存在する何か、おっぱいのイデアとも言うべき何かを模したものなのではないか。
そしてそれはおっぱいであるという時点でイデア的おっぱいの模倣という、不完全さを内包しているのでしょう。
だからおっぱいには様々な大きさがあり、形があり、柔らかさがある。
そして不完全であるがゆえに、我々地球人はおっぱいを愛することができるのではないでしょうか。


続いて、2つめの仮説を考察してみましょう。
おっぱい星とは単なる呼称に過ぎず、実はおっぱいがない。
豊かなおっぱいを得るため、沢山のおっぱい星人が地球に遠征に来ているのではないか。
つまり、おっぱい星人=開拓者仮説です。

この説の面白いところは、おっぱい星から見た場合、むしろ地球こそおっぱいがいっぱいの、「おっぱい星」と呼ばれているという可能性に行き当たるという点です。
ただ、そうであるならおっぱい星人たちが自らをもおっぱい星人であることを自認していることで矛盾が生じます。
おっぱい星人から見た「地球」とは自分の星のこと。そして「おっぱい星」は地球人の言う地球のことであるがゆえ、おっぱい星人が自分のことを「おっぱい星人」と呼ぶということはつまり、我々の言う地球人であることをアピールしているのです。

しかし、それも当然かも知れません。
利己的な地球人の中に溶け込み生活をしなければならないおっぱい星人にとって、自らがおっぱい星人と知られてしまうことは地球での暮らしを送りにくくする以外の何者でもなく、必死に自分の生い立ちを隠さなければならないのです。自らを「おっぱい星人」と呼ぶことで。
ああ、彼らは気付いているのでしょうか?
それこそがおっぱい星から来た証となっていることを。。


どちらにしろ、地球には実に多様なおっぱいの可能性があります。
それがたとえ不完全なものだとしても、地球人が愛して余りある、あるいはおっぱい星人が遠征に来るほどの魅力を秘めているのは確かです。

おっぱい星人とは、そんなおっぱいに魅せられた一部の地球人の呼称、ただそれだけの言葉なのかも知れません。

卒業と出会い

April 1st, 2010

今日(もう昨日)7時くらいに取り引き先の広告代理店に行ってきたんですが
ちょうど受付の時間が終わったタイミング(これ以降は守衛さんに受け付けてもらう)だったらしく
受付の女の子たちがあがるところでした

でもなんかざわざわしてたんで観察してみたら、
なにやら泣いている子がいる
なにやら花束を持っている子がいる

3/31で辞める人が何人かと、それを送る人のざわざわなのでした

目の前の締め切りに追われて季節感のない生活を送っていますが
明日(もう今日)で社会人3年目。
かつてかっこいいと思ってた大人になるべく、頑張ってゆこうと思います
新卒ちゃんも入ってくることですし。
まずは早寝早起きから始めます